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二月堂の夕焼け

世界遺産/奈良

夕日の名所 二月堂

二月堂の夕日を見に行ってきました。

日が沈む頃には沢山の人が訪れ静かに日没を待ちました。

奈良公園へは夕方から行ったのですが、天気が良くて最高でした。

興福寺

雲がいい感じで迫力が増して見えました。

興福寺は法相宗の大本山です。

669年に藤原鎌足が重い病気を患った際に夫人である鏡女王が回復を祈願して造営したものと伝えられています。

710年平安遷都の際、藤原不比等の計画によって移され、「興福寺」と名付けられました。

天皇や皇后、また藤原氏の人々の手によって次々に塔堂が建てられ整備が進められました。

奈良時代には四大寺、平安時代には七大寺の一つに数えられ特に摂関家藤原北家との関係が深かったため手厚く保護され発展しました。

その後神仏分離令、廃仏毀釈などで荒れますが、その後は人々の努力で復興し新たな興福寺としてその歴史を刻み続けています。

五重塔は730年に興福寺の創健社藤原不比等の娘光明皇后が創建しました。

 

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五重塔(国宝)

古都奈良を象徴する塔で、奈良公園に美しく聳えています。

塔は仏教の祖釈迦の舎利(遺骨)をおさめる墓標です。

5回の被災・再建を経て1426年頃に再建されました。

高さ50.1m、本瓦葺きです。

軒の出が深く、奈良時代の特徴を随所に残し、中世的で豪快な手法も大胆に取り入れた大変力強い塔です。

東金堂(国宝)

五重塔と並んで立つ姿は壮麗です。

726年に聖武天皇が叔母元正天皇の病気全開を祈って建立しました。

創建当時は緑色のタイルが敷かれとても綺麗だったそうです。

6度の被災・再建を繰り返し1415年に再建されました。

奈良時代の雰囲気を伝える美しい建物です。

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氷室神社

奈良時代710年元明天皇の勅令により厳寒に氷結させたものを氷室に蓄え、翌年に平城京に献氷させる制度が創始されました。
711年6月1日に献氷の勅祭が興され、以降毎年4月1日から9月30日まで平城京に氷を納めました。
70年あまりの間この制度は継続されましたが、平安遷都後は廃止されました。
その後春日大社の別院に属したが現在は氏子と冷凍氷業界の奉賛により維持されています。
ひむろしろゆき祭りというかき氷のお祭りが開催されています。
春の桜も有名です。

 

時を経てとても雰囲気があります。

産まれて1日くらいの鹿の赤ちゃんが偶然東大寺参道にいました。

ぴょんぴょん跳ねてとても可愛かったです。

東大寺中門

東大寺山門

手向山八幡宮

東大寺大仏殿のすぐ東にあり、北側には東大寺法華堂(三月堂)や二月堂があります。
749年東大寺及び大仏を建立するにあたって九州豊後国(大分県)の宇佐八幡宮余地東大寺の守護神として迎え祀られました。
当初は平常宮南の梨原宮に鎮座していましたが、のちに東大寺大仏殿の南の鏡池付近に移されました。

しかし平重衡による戦火で焼失し、1250年に北条時頼によって再建されました。
東大寺に属していましたが、明治初年の神仏分離令の際に東大寺から独立しました。

参道の

秋の紅葉は見事です。

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東大寺二月堂

二月堂からの眺めは素晴らしく、奈良市内や遠く生駒山、金剛山などを望むことができます。

東大に二月堂は旧暦の2月に「お水取り」が行われることからこの名前がつきました。
二月堂は平重衡の兵火(1180)、三好・松永の戦い(1567)の2回の戦火には焼け残りましたが、1667年お水取りの最中に失火で焼失し、2年後に再建されました。

東大寺法華堂(三月堂)と二月堂

法華堂(三月堂)

東大寺法華堂は平安時代に建てられた東大寺最古の建物です。
東大寺境内の丘陵部に位置しています。

東大寺の前身寺院で金鐘寺(きんしょうじ)の遺構とされています。
別名三月堂と言われ、旧暦三月に法華会が行われたことから三月堂と呼ばれています。

元は寄棟造の正堂(しょうどう)と礼堂(らいどう)が軒を接して建てられていましが、鎌倉時代に礼堂を入母屋(いりもや)造りに改築して2棟を繋いだものです。

正堂は奈良時代の建築ですが、礼堂は大仏様(だいぶつよう)の特色が見られる鎌倉時代の建築です。 時代の異なる建築が高い技術によって結ばれ、調和のとれた美しい姿を見せています。

真ん中で屋根の形状が違うのがわかります。
向かって左側が奈良時代の建築、右側が鎌倉時代の建築です。
これは側面です。

堂内に安置している10体の仏像も奈良時代のものです。

四月堂

 

飯道神社

右手の階段の上にあるのは飯道神社(いいみちじんじゃ)です。

滋賀県甲賀軍雲井の海抜664mの飯道山の直下にあり711年熊野本宮により勧請された修験道の霊場です。

奈良時代に神宮寺として飯道寺があり明治まで存在していました。

二月堂の南東にあり1283年ごろに井垣が修理されているので鎌倉中期以前からあったことが確認されています。

ここからの眺めも素晴らしいです。

 

Camera
SONYa6000
Lenz
Sonnar T*E 24mm F1.8 ZA
Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

 

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Published in世界遺産奈良

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