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平城京

世界遺産/奈良

古都奈良の文化財として世界遺産に

奈良時代710年、飛鳥に近い藤原京から奈良盆地北部のこの地に都が移されました。
碁盤の目状に通る平城京の人口は10万とも20万とも言われています。
平城京の中央北端に位置する平城京は南北約1km、東西約1.3kmの大きさで天皇の住まいである内裏、政治や儀式を執り行う宮殿、様々な役所、宴会の場となる庭園などが設けられていました。
しかし都は784年長岡京へ、さらにその10年後は平安京へと移り、平城京は次第に土の中に埋もれていきました。

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現在平城京跡は国の特別史跡として大切に保護され、併設する奈良国立文化財研究所が発掘調査を続けています。
これまでの調査の結果、平城京は四角形ではなく東側に張り出し部をともなっていたことや、政治の中心施設である大極殿と朝堂院の区画が東西2ヶ所あったことなどが明らかになっています。
こうした成果に基づき遺跡の復元などを行なっています。

平城宮跡は1998年に古都奈良の文化財として世界遺産に登録されました。
ともに奈良時代(710-794)に平城京(710年)を中心に建立されたお寺、興福寺(710年)、元興寺(718年)、薬師寺(718年)東大寺(752年)、正倉院(756年)唐招提寺(759年)、春日大社(768年)と春日山原始林が含まれています。

法隆寺は1993年に登録されています。

第一次大極殿

朱雀門の真北約800mに堂々とそびえる「大極殿」。
正面約44m、側面約20m、地面より高さ約27m。直径70cmの朱色の柱44本、屋根瓦約9万7000枚を使った平城宮最大の宮殿であり、その建物は奈良時代の中頃に、一時都とした恭仁(くに)宮に移築され、山城国の国分寺金堂になりました。当時、天皇の即位式や外国使節との面会など、国のもっとも重要な儀式のために使われていました。

横から見たらこんな感じ

朱雀門

遠くに若草山が見えています。

平城京の入り口である羅生門をくぐると、約75mもの幅をもつ朱雀大路がまっすぐ北に向かってのびていました。そしてその4km先には平城宮の正門である朱雀門が建っていたのです。 朱雀門の前では外国使節の送迎を行ったり、時には大勢の人が集まって歌垣なども行われました。正月には天皇がこの門まで出向き、新年のお祝いをすることもありました。朱雀門の左右には高さ6mの築地がめぐり、130haの広さの宮城をとりかこんでいました。 朱雀門は衛士たちによって守られ、常時開いていたわけではありませんが、宮の正門としての権威とともにその勇姿を内外に誇示していたと思われます。

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ここに立つと、広く盆地で遠くをぐるっと山々に囲まれているので奈良の中心であったというのがわかる気がします。

若草山が東に見えます。

朱雀門と第一次大極殿の間には近鉄奈良線が走っています

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春には桜の花が咲き誇ります。

心地いいベンチがたくさんありますのでお弁当を食べるにはもってこいです。

平城京

アクセス
駐車場はないので奈良駅方面からパークアンドバスライドがあります。
「ぐるっとバス」を利用すると平城宮跡と奈良公園を回ることができます。
近鉄大和西大寺駅からは徒歩20分。
北側からでも南側からでも行くことができます。

平城京跡は世界遺産です。
ここに1300年前に都があったなんてすごいですね。

カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in世界遺産奈良

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