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橿原神宮


豊かで平和な国づくりを目指して

2600年前の紀元前660年、日本最古の正史と言われる「日本書紀」において日本建国の地と記された橿原。
天照大神の血を引く後の神武天皇が西の高千穂から奈良の地に向かい豊かで平和な国づくりを目指して橿原宮を創建したのが始まりという神話です。
神武天皇が国内統一しこの地に皇居を作り即位の礼を行ないました。
(実在した天皇は15代から、もしくは21代からとする説があります)
明治時代になって天皇の御聖徳を永遠に尊び敬いたい、という思いからこの地に神宮を創建することになり、明治23年に官弊大社・橿原神宮が開かれました。
第一代神武天皇と皇后をお祀りしています。
隣には神武天皇陵があります。

神宮について

日本書紀には伊勢神宮、石上新宮、出雲大神宮のみが「神宮」と記載されていました。
明治以降は天皇・皇室に関係の深い神社は神宮に改めました。(全てではない)
第二次世界大戦終戦前までは「神宮」を名乗るには許可が必要でした。
今は許可はいりませんが、特別な由緒がないと神宮を名乗るのは難しいそうです。

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橿原神宮の後ろには畝傍山

「古事記」によると神武天皇が宮殿を作った地が畝傍山の麓だと言われています。
畝傍山は大和三山、畝傍山、香具山、耳成山の中の一つです。
国の名勝に指定を受けています。
標高198.8mで大和三山の中では一番高い山です。
火山で、倍の高さがあったが噴火によって残った一部だと言われています。
江戸時代以前は上に70以上もの寺院があったそう。

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藤原宮跡

付近には藤原宮跡(ふじわらきゅうせき)がある。
この山は大和三山の耳成山

発掘調査によって朝堂院南門があったことがわかっており、柱の再現をしたもの

藤原京は中国の都城制を真似て作られた日本初の本格的な都城でした。
694年に持統天皇(41代天皇)が飛鳥から藤原の地に都を移しました。
平城京、平安京をしのぐ大きさで、東西約5.3km、南北4.8kmでした。
この時に初めて「日本」という国号を使い始め、大宝律令が制定され貨幣が発行されました。
そんな藤原京の時代は短く16年間でした。
その後元明天皇(43代天皇)によって平城京に移され、74年間続きました。

藤原京から見た畝傍山

本殿

本殿は京都御所の賢所を移築したもの。

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カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in奈良

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