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法隆寺の鎮守龍田神社


 法隆寺の鎮守

龍田神社は法隆寺の建立に当たって斑鳩の里が適地と告げた龍田神社の分霊です。
法隆寺を強風や台風から守るとされる聖徳太子ゆかりの寺です。

崇神天皇の時代に創立されました。

聖徳太子が法隆寺の建設地を探し求めていた時、白髪の老人に化身した龍田大明神に逢い、「斑鳩の里こそが仏法興地である。私はそこの鎮守神になろう」と言われたので、その地にし法隆寺を建立し、鎮守神として龍田大明神を祀る神社を建立したとされています。

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元々の社名は「龍田比古龍田比女神社」といい、龍田比古神・龍田比女神を祀っていました

金剛流発祥の地

金剛流は、能楽シテ方の一流で、大和猿楽四座(結崎・円満井・外山・板戸)のうちの板戸座を源流とします。

板戸座はその名称を法隆寺周辺にあった古代郷で、おおむね現在の斑鳩町の松並・五百井・服部・竜田・小吉田・稲葉・車瀬・神南付近を範囲とする坂戸郷に由来し、古刹法隆寺に所属して発展を見た猿楽の座です。

中世の法隆寺付近には法隆寺東郷・西郷があり、その郷民たちの精神的紐帯として祀られた竜田神社を中心に竜田市が栄えていました。
「法隆寺々要日記」によれば1243年には祭礼に当たって郷民自身に夜猿楽が盛んに演じられていたと記載されています。

法隆寺付近の郷民たちは竜田市の経済力を背景に強固な自治的組織を生み育て、祭礼に彼ら自身が芸能を演じて楽しむとともに、法隆寺に所属し、大和一円で活躍した専門の猿楽集団である板戸座を育てたということです。
よってここに金剛流発祥の地の碑があります。

ソテツの巨樹

ソテツは分岐の少ない円柱状の茎に大型で羽状の葉を茎頂に群がらせてつけます。
成長すると高さ数メートルにもなる常緑樹で、熱帯から亜熱帯にかけて生息し、九州南部にも自生しています。
雄花も雌花も大型で茎頂に咲きますが、暖地でなければほとんど花をつけることがないそうです。
近畿では稀に8月ごろに咲くことがあります。

このソテツの巨樹は植栽されたもので東西に2株あり、根元の総周囲は約5.7mあります。
しばしば雄花が咲くそうです。

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本殿

本殿は森に包まれて見えませんでした。

明治の神仏分離令により法隆寺から離れ、山郷町立野の官幣大社龍田神社(現・龍田大社)の摂氏となりました。
その後龍田大社より独立しました。

かつては経蔵・三重塔があったそうですが焼失しました。

こじんまりした神社です。
御本殿を近くで見れたらよかったのに、と思いました。

龍田神社

〒636-0152
奈良県生駒郡斑鳩町龍田1-5-3
TEL:0745-75-3163
参拝:自由

龍田神社

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カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in奈良

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