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ならまち散歩


奈良町は奈良の旧市街地、特に元興寺の旧境内を中心とした一帯を指します。
その歴史は元興寺や興福寺の門前町だった奈良時代に始まり、その後も発展を続けて近世以降は奈良を代表する商業地となりました。
戦後は奈良駅周辺の開発とともに閑静な住宅地に変わっていきましたが、1980年代に町並み保存の機運が高まり、現在に至ります。
古き良き生活風景と現代的な感覚が共存し、奥深い魅力を持つ町です。

1.猿沢池

興福寺が行う「放生会」の放生池として749年(奈良時代)に造られた人工池です。
「放生会」とは生命を慈しみ捕らえられた生き物を野に放つ宗教儀式です。
ここから見る興福寺五重塔も美しいです。
夜は五重塔がライトアップされますのでとても綺麗です。

2.奈良町に点在する3か所の元興寺

元興寺
発祥は飛鳥時代の飛鳥寺です。
都が平城京へ移った時に一緒に奈良町に移りました。
飛鳥時代の飛鳥寺の瓦が元興寺の屋根に残っています。

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ネパールの伝統的飾窓
この窓は1970年に開催された大阪万博博覧会でネパール館に使用されていたものです。
ロータス(蓮)やドラゴン(竜)がデザインされていてインド文化圏の宗教的象徴です。
日本・ネパール両国友好の証として元興寺に寄贈されたそうです。
美しく雰囲気があります。
1996年にこの町屋を再生した時に未来の入口(大戸)位置に新たに設置されました。

奈良町と元興寺のつながりを示した看板もある

高御門町(たかみどちょう)
元興寺の中大門があったところで、平城京の四条大路の通っていたところです。
1451年に小塔院から出火で、元興寺の金堂以下主な堂が焼失しました。
その際中大門も焼け再興されず在家となったそうです。
在家とは出家せずに家庭生活を送りながら仏教に帰依することです。

元興寺塔跡
元興寺の仮堂と塔跡が残っています。
その規模の大きさから興福寺の五重塔(51m)と同程度の塔が建っていたそうです。
火事で焼失したのは150年前ということで結構最近です。

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元興寺小塔院跡
770年に小塔院が建てられていたが、土一揆で焼失したそう。
再建されることはなかったが跡地は受け継がれています。

こうして見ると元興寺はとても大きなお寺であったことがわかります。
元の姿で見てみたかったですね。

3.庚申さん

庚申さんには諸説ありますが、中国の道教の守庚申というものが奈良時代末期に日本に伝えられ、日本古来の信仰と混じり合って発展したのではないかと言われています。
仏教では極楽浄土を説くのに対し道教では現生利益が叶えられるとあって江戸時代には庶民の信仰として広まったそうです。
奈良町の家の軒先に赤いぬいぐるみがぶら下がってますが、庚申さんの使いの申をかたどったお守で、魔除けを意味し、災いが家に入ってこないように守ってくれているそうです。

4古民家
奈良町には古くから商売を営んでいる古民家もあれば、町屋を使ったおしゃれなカフェやレストラン、ギャラリーなども多くぶらぶら散歩するには最適です。

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近くには東大寺もあります。
東大寺についてはこちらをご覧ください。

東大寺

カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in世界遺産奈良

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