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新薬師寺


動物植物ことごとく栄える世をめざす

新薬師寺は747年前に聖武天皇の病気平癒を祈願して皇后の光明皇后によって創建されました。

聖武天皇は743年、動物植物ことごとく栄える世の中を目指し、皆で力を合わせて盧舎那仏を建立することを発願し、行基菩薩をはじめ多くの人々と共に大仏建立に着手しました。

しかし、745年に入り、山火事と地震が頻発したため、工事を中止し平城宮に戻り、大仏建立は平城宮の真東の山麓(現在の東大寺)で再開しました。

しかし天皇は体調を崩されたため、天皇の病気を治すために都とその名高い山、清らかな場所で薬師悔過(やくしけか)が行われ、都と諸国に薬師如来7軀を造立し、薬師7巻を写経することが命じられました。

悔過(けか)とは過ちを悔いるという意味で、薬師悔過は病苦を救う薬師如来の功徳を讃嘆し罪過を懺悔して、天下泰平万民快楽を祈る法要です。

僧侶たちが精神潔齋して薬師悔過に勤めたのちに、光明皇后によって春日山、高円山の麓に新薬師寺(当初は香山薬師寺・香薬事とも呼ばれた)が造営されました。

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東門

鎌倉時代のものです。
南門より古く簡素な構造から当初は四脚門ではなく二脚の棟門だったと推定されています。

鐘楼(鎌倉時代)

本堂

奈良時代の建物です。

当初は本堂ではなく修法を行うためのお堂だったと考えられます。
本堂内には円形の土壇(高さ約90cm、直径約9m)が築かれ、壇上に薬師如来坐像、十二神将立像が安置されています。
仏像は見事です。
柱は40本あり全て円柱です。
天井を張っていないので、内側から建物の骨組みをじかに見ることができます。

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金堂は962年(平安時代)の大風によって倒壊し、現存していませんが現在の本堂の西方約150mやや南寄りにあり、堂内に7仏薬師、脇侍の菩薩2軀ずつ、12神将が並んだ東西に長いお堂(横幅約60)だったことが最近の発掘で確認されました。

その他に壇院、薬師悔過所、政所院、温室、造仏所、寺園、東西の塔が存在したことが史料からわかります。

鎌倉時代までに、東門、南門、地蔵堂、鐘楼などが建てられ、本堂を中心とした現在の伽藍が整備されました。
本堂の仏像はとても迫力があり、立派です。

新薬師寺

〒630-8301
奈良市高畑町1352
TEL:0742-26-1517
JR奈良駅・近鉄奈良駅から市内循環バス
外回りで「破石町」下車。山手へ徒歩15分

新薬師寺

近くには白毫寺があります。

白毫寺の萩

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カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in世界遺産

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