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世界遺産法隆寺


法隆寺は日本の世界遺産第1号で、1993年にユネスコの世界遺産に登録されています。
飛鳥時代の姿を現代に伝える世界最古の木造建築です。

用明天皇(第31代天皇)が自らのご病気の平癒を祈って寺と仏像を造ることを願われましたが、その実現をみないままに崩御されました。
そこで推古天皇(第33代天皇)と聖徳太子が用明天皇のご遺願を継いで、607年(飛鳥時代)に寺とその本尊「薬師如来」を造られたのが法隆寺(斑鳩寺とも呼ばれています)であると伝えられています。
いつの時代も病気から身を守りたいという切実な気持ちは変わらないということですね。

南大門
1438年(室町時代)
200mの松並木を抜けた先にある南大門はとても優美な門です。
当時の南大門は焼失し、違う門を移築したそう。

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大きくて立派な松の木
西から東に流れている

現在中門は修復工事中です。

これは修復工事前の姿です。
後ろの建物が中門です。
(2015年8月撮影)

真ん中の建物が中門です。
中門は飛鳥時代のもので並んでいる姿は壮麗です。
(2015年8月撮影)

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五重塔
我が国最古の五重塔で、607年(飛鳥時代)のもので、仏教寺院では最も大事な建物とされています。
釈尊の遺骨を奉安するためのものだそうです。
高さは31.5m

金堂と五重塔
金堂も607年(飛鳥時代)のもので、法隆寺の御本尊を安置しています。
しかし670年に焼失し再建されています。
中には聖徳太子のために作れられた金銅釈迦三尊像(飛鳥時代)などが静かに立っています。
天井には天人と鳳凰が飛び交う天蓋が吊るされ創建当時の美しさが偲ばれます。

柱の円柱が下から上に徐々に細くなってエンタシスの柱が特徴です。
古代ギリシャの様式が中国を経て日本に伝承されています。
ロマンを感じますね。

二階建の金堂は珍しいそうです。
五重の塔と並んで立っているので釣り合うように二階建てにし、五重の塔の半分の高さにしたそうです。

回廊も美しい

大講堂
仏教の勉強をしたり法要を行う施設として建立されましたが
、鐘楼とともに925年の落雷によって焼失しました。
990年(平安時代)に再建されました。

鐘楼
この中に吊るされている梵鐘は白鳳時代のもので、今も当時の音色を響かせています。
この時ちょうど鳴っていましたがはっきりとしたいい音色でした。

夢殿
奈良時代
聖徳太子が住んでいた斑鳩宮跡に聖徳太子を偲ぶために建てたもので八角形で美しい建物です。

東大門
奈良時代

柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
正岡子規の句碑がある
法隆寺の茶店で柿を食べていると法隆寺の鐘がなって秋を感じたという意味です。
1895年に発表されました。
日清戦争に連隊付記者として配属されて従軍中に喀血し病気療養後帰京する途中、奈良に滞在して読んだ句と言われています。

時代劇みたいに綺麗な道

東室と妻室

西円堂
拝観コースから外れた西院伽藍北西の小高い丘に八角形の円堂があります。
八角円堂は全国的にも少ないのですが、奈良には五つあり、世界遺産や国宝、重文に指定されています。
そのうち法隆寺に、浮御堂と西円堂の二つがあります。
とても綺麗で安定感があります。
観光客も少ないのでおすすめです。
奈良時代に橘夫人の発願によって行基菩薩が建立したと伝えられていますが、現在の建物は鎌倉時代に再建されたものです。

ここから見る五重塔も絶景です。

大宝蔵院には歴史の教科書に出てくるものがたくさんあります。
玉虫厨子や百済観音蔵、聖徳太子ゆかりのものが多く保存されています。
聖徳太子の2歳の像がありますが、2歳にして意思の強い切れ長の目でしっかりした顔つきで、さすがだなぁと思いました。
飛鳥時代、奈良時代からの生活用品なども保存されていて、いい色合いで形も美しく洗練されたものが多いのでオススメです。

境内は広く、たくさんの寺院から成り立っています。
奈良のお寺の中には歴史の長いものでも戦争や災害などで再建されたものが多い中で、法隆寺は飛鳥時代からのものが残っています。
だからこそ世界遺産第1号なんでしょうね。

カメラ:SONYa6000
レンズ:Vrio-TessarT*E 16-70m F4 ZA OSS

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Published in世界遺産五重塔奈良

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